抱きたい、抱かれたい、抱き合いたい


「性教育から思う『抱きたい』『抱かれたい』」

好きなアイドルとかに対して、1度でいいから抱かれたーい❤とか。ミーハーに生きてきたからか?、私はよく見聞きしてきています。

まあ、冗談なのはわかっています。ただ、冗談とはいえ、女性は「抱かれる」=受身なのが前提というのがひっかかってしまうんです。

女は受身で抱かれるもの…という刷り込みが、たわいない冗談から社会全体に刷り込まれていくのって怖い。

エローい

裸=エロい。おっぱい=エロい=授乳はしたないとかも刷り込みだよなーと、思ったりもします。。。。(もちろん、エロい要素もありますけどね?!)

コンゴ民主共和国(旧ザイール)の医師・ムクウェグ氏を追ったドキュメンタリー映画『女を修理する男』をみて、一見そこには、日本の倫理観からはほど遠い残虐行為が女性たちに行われているかのようなんだけど、本当にそうなのかな??って、わたしは恐怖を感じました。
ストレスの乖離などから起こる「セカンドレイプ」は、日本でもくさるほど起きていますしね。

残虐な行為が起こらないのは女性への人権意識からではなく、取り締まりがしっかりしているからなんじゃないかな。
根本的な人権意識の差って、あまりないんじゃなかろうか???

そんなこんなを感じたりする『女を修理する男』。

我が家でおうち上映会を、今月も昼間に開催しようと思います。

性は生。

ドキュメンタリー映画も、一つのケアだと捉えています。